サムライジャック全話ガイド1



第1話 「エピソード1」
(あらすじ)
昔々ある国のこと…。

この国は平和で豊かであった。かつてこの国は「アク」と呼ばれる妖怪により恐怖と混乱にあった。しかしこの国の殿様が、三人の僧侶に作らせた「魔力の刀」によりアクは封印され、そのおかげで今では平和に暮らせるようになったのであった。

しかしそんなある時、アクが復活してしまった。甦ったアクは国を襲った。殿様は息子をその祖母に「魔力の刀」を託して逃がしたのであった。
その息子は祖母と別れ世界中を旅する事となった。

いつしか少年は立派な侍の青年となり、祖母と再会し魔力の刀を手にいれ、アクに支配された故郷の国を救うべく、戻ってきた!

青年とアクの一騎討ちが始まった。アクの変幻自在な戦法を打ち破り、いよいよアクを打ち倒せると思ったその瞬間!アクは時間の落し穴を開き、そこに青年を落としてしまった。

そしてここより全てが始まったのである…。


(解説)
というわけで「サムライジャック」の第1話であります。今さら説明の必要もないんですが、この話の中に「サムライジャック」の基本設定のほとんど全てがあるといっても過言ではありません。

見所はふたつ。まずは世界中を旅するジャック。このシーンはセリフ無しで、BGMが流れるだけなのですが、それでも何をやっているんだかわかってしまう所がすごい!ただ無闇とセリフで説明させるのではなく、「絵」により言いたい事を表現するというのは、ある意味アニメーションの基本ではないだろうか?という事を考えさせてくれます。

ちなみにジャックが回ったのは…
ペルシャ(?)→アフリカ→エジプト→ローマ→ヨーロッパ→北欧→ロシア→モンゴル→中国→シベリア(?)
となっております。この国々がまた実に特色を捕えた形で表現されているのも忘れてはいけません。

もう一つの見所は、やはりジャックとアクの決戦でありましょうか?その後、幾度となく繰り返されるであろう、正義と悪の最初の闘いです。

特にアクの変幻自在ぶりは、やはりアニメーションであるという事をフルに活かしているといってもいいでしょう。

(2002,11,26追記)
ところで(あらすじ)では、ジャックを連れて国を脱出した女性を「ジャックの祖母」としています。これはジャックの父親が「母上」と呼んだため、そう解釈したのですが、どうも実はこれが母親らしい?詳しくは エピソード19 の解説を参照してください。


第2話 「エピソード2」
(あらすじ)
アクの策略により、はるか未来世界に来てしまった青年。その世界はよりにもよってアクの支配する世界であった!青年は戸惑うばかり。
喉の乾きを潤そうと入ったディスコの中でも、襲われ斬り合いをする羽目に。

ちょうどその頃、同じディスコに三匹の犬、ロスチャイルド(ロシー)、アレクサンダー、マクダフィーが用心棒を探しにやってきていた。青年を見初めたロシーは、青年に用心棒になってもらうよう話をする。

ロシー達は、本来遺跡の発掘をしていたのだった。だがしかしアクのせいにより、今はアクの力の源たる宝石を掘らされていたのであった。
さらに話の中で、青年は自分がはるか未来世界に来てしまった事を知るのであった。そして青年は「ジャック」を名乗り、ロシー達の手助けをする事にする。

ロシーの仲間達の所へ来たジャックであったが、アクのロボットゴキブリ軍団がもうすぐそこに迫って来ている!どうするジャック…?


(解説)
というわけでここでは第1話の続き、未来世界へ来てしまったジャックの戸惑いがメインに描かれます。未来世界の描写は「さすがゲンディ!」と言いたくなるほどにサイバー。「デクスターズラボ」で培ったメカ描写が活かされている(笑)?

見所はディスコの中での斬り合いのシーン。BGMのテクノポップと相まって、なかなかテンポのいいシーンとなっています。

それからこの話で忘れていけないのはやはり、ロシー始めとする「犬」達でしょう。注文したドリンクを舌でペロペロやってしまうシーンとかは、微笑まずにはいられない。
で、やはりこういった動物描写を見ていると、やはりこれは「カートゥーン」なのだなあ、とあらためて実感。逆に安心したりもして。

また後半の遺跡のシーンでは、背景のビルの看板に「パワパフ」の「トーキングドッグ」がいたり、発掘している犬の中に「トゥーストゥーピッドドッグス」の「ビッグドッグ」がいたりと、遊び心も忘れてはいない。

(ちなみにラストでアクの軍団を発見、報告した犬が「おくびょうなカーレッジくん」の「カーレッジくん」に見えてしまうのは気のせいでしょうか?)

そうそう、この話で始めて「ジャック」という名前を名乗ります。「ジャック」ってのは、アメリカとかで男の人を呼ぶ時に、ただ使われたりするんですよね。
例えば「ハイジャック」ってのは、飛行機を乗っ取った犯人達が、操縦室に入ってくる時に「ハイ!ジャック!」と言って入ってきたから、そういう名前になったとか、また手塚治虫先生の「ブラックジャック」という作品(名作!)でも「ブラックが黒で、ジャックは男!私の本名は黒男だ!」というシーンがあったりします(無駄な知識…)。


第3話 「エピソード3」
(あらすじ)
アクのロボットゴキブリ軍団はもうすぐそこに迫っていた。おそらく明朝にはここに到達するであろう。そこでジャックは一計を案じ、犬達の協力を得て、罠を仕掛ける事に。

そして朝、とうとうロボットゴキブリ軍団がやってきた。ジャックとロボットゴキブリ軍団の壮絶なる闘いの火蓋が切って落とされた!


(解説)
かくしてアクのロボットゴキブリ軍団との闘いとなるわけですが…もうこの回は、全編が見所と言ってしまっていいでしょう!

まず最初の見所は、前半の犬達と協力して罠を作るシーン。このシーンもセリフはなく、ただBGMのみで進んでいきます。だがそれが却っていい味を出しています。特に犬達の茶目っ気たっぷりの動きが楽しいシーンでもあります。

そして後半のロボットゴキブリ軍団とのアクションシーンが最大の見せ場!もう斬って斬って斬りまくります!「アクションシーンにセリフはいらない!」とばかりに斬りまくるジャックの姿には、鬼神のごとき迫力を感じずにはいられません。

ところでこのシーンを見ていて気付いた事がひとつ。この「サムライジャック」という話、ジャックの武器は刀でありながら、どういうわけか「流血シーン」が(今の所)全く存在しないんですよね。おそらく、放送上の規制があるんでしょうけど。そのせいなのか、ジャックの斬る相手は全てロボット。斬っても爆発するばかり。ここで「エピソード2」のディスコのシーンを思い出して欲しいんですが、あの時の斬り合いの相手に対し、ジャックは機械化している「腕」しか斬り落としていないんですよね。この「機械しか斬らない」という点については、またいずれ触れる事になると思います。
「でもジャックが斬られているじゃないか」という指摘があると思います。確かにこのシーンでも、ロボットゴキブリに斬られて傷つくジャックが出てきます。でも「流血」はしていないんですよね。赤い傷跡がつくだけです。
そういった点を踏まえて見てみると、後半ロボットの体から出てくる黒い油を浴びてもなお闘い続けるジャックは、実は敵の「返り血」を浴びて闘っているという事を暗に表現しているんですよね。

ちなみにエピソード1〜3までを繋げた90分のバージョンが別に存在します。内容は全く一緒。ただエピソード毎の区切りがないだけです。ちなみにこのバージョンは、日本では本放送が始まる直前に「先行公開」という形で「カートゥーンネットワークシアター」にて放送された事があります。


第4話 「エピソード4」
(あらすじ)
ジャックはふとした事から「ミチェライツ」という種族と知り合った。彼らは森の中で、「ウーリー」という生物を奴隷のようにこき使って暮らしていた。ジャックはミチェライツ達に食事をもらい、一夜の宿をもらう。

しかしおかしな夢を見てジャックは目を覚ます。そして調べてみると、実はこの集落の本当の住人はウーリーの方で、ミチェライツ達は侵略者だったのだ!

ウーリーの長老の「ラゾ」にウーリー達を助けてくれるよう頼まれたジャックは、ミチェライツ達のオーブを破壊に行くのであったが…。


(解説)
…という事は、ウーリー達は本来は人間だったのでしょうか?ちょっと謎。

ところでこの話、最初見た時からずっと気になっていた事があります。
皆さんは時代劇とかで「一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の恩義」とかって言葉が出てくるのを知ってます?わかりやすく説明すると、要するに「一度食事をごちそうになって、家に泊めてもらったような恩でも、その恩は返さないといけない」というような、まあいかにも侍らしい心理ですよね。ただそういうのを「義理」といって、今でももちろんそうだけど、昔は特に重んじられたんですよ。

それで一昔前の時代劇とか見ていると、よくこういう話があります。
主人公の浪人が、ある人物に食事をおごってもらい、さらに家に泊めてもらった。ところが実はその人物が大悪人で、とある子供達の両親の仇だったという事が判明。さてそこで主人公の浪人は果たしてどちらの味方につくか?…っていう事なんですけど、わかります?

現代人の感覚だと、おそらく「悪人」の味方はしないで、その子供達の味方について「悪人」を倒しますよね。人によっては、どちらの味方にもつかないで、高見の見物を決め込むかもしれない。それはさておき、とにかく時代劇とかだとこういう場合、主人公は苦悩するわけですよ。「もちろん悪人の味方につくわけにはいかない。だからと言って、子供達の味方にもつくわけにはいかない」って。

何故だかわかります?まずその「悪人」に食事をもらい、泊めてもらった。これは「義理」。そして悪人を倒すために、子供達の味方につきたいというのは「人情」。これぞいわゆる「義理と人情の板挟み」ってぇやつなんですよね。
もちろん悪人を倒す事は大事だけど、それと同等に「義理」を果たす事は大事だったんです。悪人に「一宿一飯の恩義」があるわけですから、それを返さないといけないんです。でも「人情」として、悪人の味方にはつけない…ああ、どうしたらいいのか?…てな具合でして。

じゃあ主人公は結局どうするのか?ってのは、まあそこがお話しのクライマックスであり、色々なパターンがあるので、一概にどうこうは言えないんですが、鍵となるのはやはり「一宿一飯の恩義」なんですね。つまりこの「義理」さえ果たしてしまえば、後は恩を返す義理もなくなるわけなので…、後は各自で想像してください(笑)。

で、話をジャックに戻すけど、今回の場合まずジャックは「ミチェライツ」達に食事をごちそうになり、一晩泊めてもらっているわけです。まさに「一宿一飯の恩義」。ところがそのミチェライツ達は、実は悪い侵略者。当然ウーリーの味方をしたくなるのが「人情」。と、ここでこの話を日本人が作っていたのならば、ここでジャックは悩まないといけないんです。「どちらの味方につくか」とね。ジャックが侍ならばなおさらです。でもそれをしなかった。それはおそらくアメリカ人には、この「一宿一飯の恩義」という物が理解できなかった、あるいは知らなかったのではないか?と思うのですが、いかがでしょう…?

もちろん知っていて、わざとやらなかった、という可能性もありますけどね。